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痔瘻で5つの病院(肛門科)で診察しました
セカンドオピニオンを聞くことによって、
診断、治療、検査などさまざまな状況で、患者さん自身が診療を正しく理解し、
十分に納得し、安心して診療を受けることができる場合もあります。
私は、セカンドどころか5つの病院(肛門科)に行きました。
お医者様を信用していないからでは、ありません。
沢山のお医者様の意見を聞きたかったわけでもありません。
5つの病院に行った理由は、タイミングの問題であったり、私の怠慢な気持ちによるものです。
その体験について記載致します。
【1院目】 22歳の頃
初めて痔ろう(肛門周囲膿瘍)の症状が出たのが20歳の頃。
それから何度か肛門周りが気になることはあったのですが、ひどいことにはならず。
22歳くらいに「耐えられない程の痛み」が出て、初めて肛門科へ行きました。
肛門右下あたり(太もも内側付け根の上のあたり)が、直径5cmくらい腫れてがパンパンになり、
激痛に耐えられなかったので、勇気を出して行きました。
当時の自宅近くにあった肛門科です。
この肛門科を選んだ理由やこだわりは、特にありませんでした。
当時、私はパソコンで検索する技術がなかったので、
「近所の電柱などの看板」を手掛かりにして決めました。
「肛門のことなら〇〇医院」的なことが書いてあったと思います。
この時の診断は、痔ろうではなく【肛門周囲膿瘍】でした。
メスを入れて切開し排膿することを勧められましたが、
「メスを入れて切開」という言葉に恐怖を覚え、診察だけしてもらって帰りました。
「腫れ(膨らみ)いずれ腫れはおさまるけど、切開しないと痛みはしばらく続くよ。」
と言われましたが、とにかくビビッてしまい帰りました。
その翌日、ありがたいことに痛みが和らいで来て、3~4日くらいで自然に腫れが消滅しました。
【2院目】 24歳の頃
千代田区のシステム会社に勤めている頃です。
前回と同じ、肛門右下あたり(太もも内側付け根の上のあたり)がパンパンに腫れ、
下着が触れるだけでも激痛。
仕事に影響がでるほど激痛だったので、勇気を出して行きました。
職場から徒歩15分くらいにある千代田区の肛門科です。
前日にホームページで事前調査していきましたが、
この病院は古くからある肛門科で、先生(たしか2代目院長)も名医でらっしゃる様でした。
この時の診断は、【痔ろう】でした。
手術しない限り治らないよ。と言われました。
「とにかく膿を出すことが先決です。ズボン下着をおろして、うつ伏せになってください」
この時の診察は強烈でした。今でも覚えています。
先生が、痔ろうの患部を両親指で全力グイっと挟み込み(押し込み)、
強制的に膿を出す処置でした。
まさかこんなに激痛かと思っておらず油断もしておりましたので、
激痛のあまり鼻血が出ました。
太ももの裏からヒザ裏くらいまで出血、膿が飛び出した様でしたが、
助手(看護婦さん)が拭き取ってくださり、患部にガーゼをあてて診察終了。
「手術は数日間かかります。職場で相談して、希望日程が決まったら連絡ください」とお話しされ、
この日は帰りました。
職場への帰り道、少しずつ激痛が和らいできてボーっとした感じがありましたが、
昼休みがもうすぐ終わってしまうので、昼食も食べずに急いで職場に戻りました。
尚、このとき私はまだ若かったこともあり、手術の日程について真剣に考えませんでした。
嫌なこと、面倒なことは先送りするクセがあったので、
急がなくても大丈夫でしょと、テキトーに済ましてしまいました。
【3院目】 27歳の頃
2院目の診察から月日が経過しましたが、
早く手術の連絡をしなくちゃ…という気持ちは常にありました。
ですが、システム構築の現場はたいへん多忙であり、
当時の私は若手クラスの社員でしたので、なかなか長期休暇希望を言い出すことができず、
「俺は忙しいから手術どころじゃない」と勝手に言い訳をつくり、
手術をどんどん先延ばししました。
この間も、半年に1回くらいのペースで痔ろうが発生→排膿・出血を繰り返していました。
ようやく手術する気持ちになったのが27歳頃。
痔ろうの症状は2~3カ月出ていない頃でした。
痔ろうの手術は、排膿・出血から数日たって落ち着ている方がいいと聞いていたので、
チャンスでもありました。
この時、前回(2院目)でお世話になった「千代田区の病院」には行きませんでした。
理由は、
「あれから3年近く経過してしまったので、今更行ったら気まずい。何言われるかわからない。」
からです。。。
3院目は、当時の自宅近くにあった「足立区の肛門科」
この時の診断は、痔ろうではなく【肛門周囲膿瘍】でした。
「現時点では手術は必要ないけど、また症状が出たらすぐに来てください。」
と言われました。
2院目(千代田区の病院)では痔ろうと診断されたけど、これは間違いで
自然に治ったんだ!と、とても安心した記憶がございます。
ですが。。。
半年後くらいに、結局また痔ろう(肛門周囲膿瘍)が発生しました。
でも病院には行きませんでした。
仕事が忙しいから行けない。仕方ないことなんだ。と勝手な言い訳で、行きませんでした。
それから約10年間くらい、ずっと痔ろう(肛門周囲膿瘍)とともに過ごしてきました。
女性用ナプキンを愛用し、自分で膿を出す(排膿・出血)させる方法も覚え、
痔ろうと付き合って過ごしました。
旅行や出張に行くときも、女性用ナプキンを持っていくことも多々ありました。
【4院目】 37歳の頃
痔ろうを長年放置するとガン化する
この心配は、常にありました。
私が37歳のころ、身近な人がガンになり、
自分の体のことも真剣に考えるようになりました。
このころ、ガン保険にも入りました。
たしかガン保険に入って3カ月くらいは保険がおりない仕組みでしたので、
3カ月経過してから、ついに肛門科へ向かいました。
大腸ガンになっていてもおかしくない!と覚悟していたからです。
4院目は、当時の自宅近くの「埼玉県の肛門科」へ。
とても良心的でわかりやすい診察でした。
大腸がんの検査もしました。結果は異状なし。むしろ健康的な大腸でした。
自分で勝手に「僕はガンかも」と思っていたので、超安心しました。
この時の診察結果は、【痔ろう】でした。
当然ながら、完治させるには手術しかないとのお話しでした。
ですが、大腸ガンではなかった安心感、嬉しさもあり、
手術について真剣に考えることもなく、また先延ばしにしました。
【5院目】 42歳の頃
痔ろうを20年以上放置すると、ガン化する確率が格段にあがる
この話を聞いたのが42歳の頃。
ネットの記事か、友人かテレビの話かは忘れましたが、聞いた時はとても焦りました。
私は痔ろう歴22年。リミットから2年過ぎてしまっている。。
本当にもう、急いで手術しないと。
ついに、本当の本当に、手術しようと決めました。
職場はとても働きやすい職場で、代表者も理解のある方でした。
私も42歳になり恥ずかしさも薄れてきていますので、
「痔ろうの手術をしたいの数日間休暇をください」と真正面から話せました。
最終の5院目は、「埼玉県の肛門科」。
この時の診察結果は、【痔ろう】でした。
当肛門科は、自宅からは車で50分くらいかかりますが、
自分なりにネットで色々と調査した結果、ここにお願いしよう!と決めました。
※色々と問題が生じるので、具体的な病院名は記載しません。ご了承ください。
そして、ついに手術完了、現在に至ります。
私流ですが「手術する病院の決め方」については、別ページにて記載致します。



